2012年8月13日月曜日

ロサンゼルス滞在記 その3~regionals~

 この大会で、アメリカ滞在が終わり。
今回もメンバーのみんなに大変お世話になりました。
前回の大会はNational(全米大会)で、
今回はRegional(地域の、つまりカリフォルニアの大会)でした。
ほがらかな雰囲気をもつ大会で、
でも、負けん気の強い方々が集まってます。

今回はフェイスブックから写真を持ってきました。

 ミッションビエホという、ロスの中心部から車でとばして1時間半のところでの開催。
リレーや個人種目に出させてもらいました。
水泳は団体競技じゃないけれど、チームでの戦い、
リレー種目での戦いがあり、仲間との連帯感が必要なんだと
改めて感じた2日間でした。
今回のレースが競泳初体験という方が何人もいて、
チャレンジ精神に感化され自分も未知の種目にチャレンジし、
壁際で声援を送るチームメイトの熱さにも感化され
一緒になって応援してました。
こうやって、仲間の支えを感じていると、
ふとブログを見てくれているみなさんの支えにも感謝したくなります。
ありがとうございます。

感謝してもしきれないメンバーです。
こんなに楽しく泳げる水泳は、本当に久しぶり。
来年夏、また来ます。
次はメキシコからの更新になります。
メキシコのサカテカスに移動。
たぶんバスで2日走ると着きます。
しばらくネット環境整うまで更新はお預けとなります。
では、また!

2012年8月11日土曜日

ロサンゼルス滞在記 その2

一人ではなかなか行けない「マダムタッソー蝋人形博物館」に行ってきました。
観光地ハリウッドだけあって、めちゃ混み、めちゃ暑でした。


 タッソー夫人もこのように蝋になってました。
作り方の説明もあったり、自分の手形も蝋で作れたり、
ただ有名人の蝋人形を展示しているというわけではなかった。

中学校の英語の教科書(地域によって使う教科書は違うのだけど)で、この蝋人形館が紹介されていたのをいまでも覚えています。ロスにあるのです。

そして実はあるお方からロスでの指令をいただいていたのです。
それは、
「エディ・マーフィーに会うこと」
・・・やりましたよ!
肩に手を置こうとしたら、あの高い声で
「おい、ずいぶん気軽に手を置くんだな!ハハハ!」
といわれてしまいました。
やっぱり笑っていました。

そして、もう一人、
今冬、最新作が控えてますね。ダニエル・クレイグです。
南米でスペイン語で見ることになるんだろうな(泣)

2012年8月6日月曜日

ロサンゼルス滞在記その1

みなさん夏休みを過ごされている方も多いのかと思います。
私も「夏休み」というかんじで遊びまくろう!ということで
ロサンゼルスで羽をのばしています。

何をしているのかというと、先日のマスターズアメリカ大会で
一緒のチームとしてリレーを組んだ友人の力を大いに借りて、のことですが、
一緒に練習したり、サーフィンしたり、ボディーボードしたり、
サイクリングしたり、西海岸を満喫しちゃってます。
この勢いだと、ビーチでバレーボールをしてしまいそうなかんじで、
のんびりな日々を過ごしてます。

西海岸のイメージそのまんま!?

サイクリングロードが50マイル続いているらしい

ほんとに至る所にビーチバレーのコートが
友人のマイクとクリス夫妻と一緒に土日を過ごして、
彼らの、おもてなし精神というのでしょうか、
いろいろヘルプしてくれる心に感動しました。

そこで、私は決めました。のりじゃなく、本気で。
毎年1度は、アメリカマスターズの大会に出るって。
日本帰って仕事就いたとしても、はずせないなって。

来週末は、リージョナルregional(カリフォルニア州独自)の大会があります。
200フリーと200バック、それにリレー3種目と、泳げるだけの
体力もつけてないといけないので、来週は練習がっつりしたいな。

2012年8月5日日曜日

チャレンジ企画第一弾「おまかせカットアメリカ編」

いよいよ一発目、おまかせカット。
いい具合に伸びてきて、ロン毛に近づいてきたかなと思ってた矢先、
あるお方から「アメリカでおまかせカット」の指令がくだりました。
そこで、ここロサンゼルスにて第一弾。

20ドルでした。

切り終わって宿に戻り確認すると、

左右のサイドの長さが違いました(笑)

「上の部分残すね!」と言っていたものの、全然残ってません(泣)

ラインが入りました(笑)

Before(青空) and after(ほか二枚) をおたのしみください☆

(あまり変わってないじゃん!と突っ込んだ方、次回にご期待ください。)




男子メドレーリレー

やった!!
二位!銀!二位だよ!
おめでとう!

2012年8月3日金曜日

マンザナーにて その2


 今も昔70年前も変わらない標識が経っているここマンザナー収容所。

ここに住んでいた日系人はどんな生活をしていたのか、たいへん興味をもちました。
数ある資料の中を時間をかけて読んでみました。


急ごしらえで作ったバラックの中での共同生活。寝食をともにし、収容所内での野球大会等の行事、ダンスパーティーなどを楽しんでいた場面も映像資料として残されていました。結束力が強かったともかかれてありました。


12000人ほどがここで生活していた模様。(ここ、確かじゃないです。自分の英語力不足です。)
 
跡がいまでもきちっと残されていました。タウンホール。


ヨーロッパでのユダヤ人のように、日本人も迫害を受けていた時期がアメリカではあったのですね。

さて、ぐるっと見てまわりましたが、施設内の映像の中で、時の大統領(フォード大統領だったと思います)が、「あれは過ちだった(大輔訳)」と、強制収容に対する過ちを認め謝罪、補償をしました。
生まれる前の出来事だったし、日本にかかわる歴史を深く自分で調べてこなかったものですから、はじめて見た映像として深く心に残りました。
そして、施設の人と話していく中で改めて知ったことですが、
今年6月にロサンゼルス郡知事が「日系人を強制収容所に送還したという事実は無視できない。ふりかえるのに遅すぎることはない。」と公的に発言したということです。

ローンパインまでの帰りのくそ熱い1時間のチャリの中で考えました。
自分達の過ちを「やってはいけないことでした」としっかりと認め、
なおかつ展示している。後世の人たちはそれを直視する。
そして考え、日系人や日本人と接する。
そうやって、新しい歴史を創っていこうとしているんだと感じました。

日本人として、歴史を更に学ぼうと強く思いました。
子どもたちに伝えたいのは、歴史は教科書から学ぶのではない、
自らの目と耳とを使って、
何が事実で何が正しい情報なのかを考え、
判断していくことが大切だよということ。

この世界ぐるっと一周旅行を通して、
自らの五感で歴史を体験してきます。

いや~3ヶ月経つけど、まだ2カ国しかいってないんだよね。
そろそろ3カ国目に移動しようと計画中。

2012年8月2日木曜日

マンザナーにて その1

カリフォルニア州、ローンパインとインディペンデンスの間に、元日本人収容所がありました。
マンザナーという地名です。
ジョンミューアトレイルを歩いている最中に、
アメリカの人から勧められて行こうと思いました。
ローンパインでレンタサイクル(火曜日半額デー一時間5ドル)、片道一時間。
いつものように、地図で見ると10分くらいで行けそうとふんでしまうほど、広い。

ロスにも日系人資料館があり、大変興味をもって見に行ったので、
ここも気合いを入れて、先人たちはどんな生活を戦時に送ってたのだろうと向かいました。

砂漠の中に立派な建物がポツンと、内部もきちんと整備され、丁寧な展示がされていて、多くの人が来場していたことに驚きました。

1941年12月、真珠湾襲撃から日米は戦争を開始しました。
その直後からアメリカに住んでいた、日本から移住していた日系人はアメリカ国内の特定の箇所に送られました。
理由は、スパイ容疑を恐れてと、日系人に対する暴動を避けるためです。
しかし、当初はイリーガルに、つまり法的措置を取らずに、ということでした。
カリフォルニア州内の収容所が、このマンザナー収容所なのです。

戦争終結から67年。終戦記念日まで15日。