2012年6月30日土曜日

サンテアギート活火山に行ってきます

今日から
2日間、サンテアギート活火山というところにガイドと登ってきます。

2012年6月29日金曜日

衛生についての所感

日本の生活に慣れた自分にとって、
いろいろな国を歩くと驚きがたくさんあります。アジアや南米を歩くと、衛生に対する考え方と限定された施設等の事情により、驚かされることが多いです。

グアテマラの村々に行くときにカーブの多い山道をチキンバスで移動します。素敵な森の風景が目に入るとともに、白く流れる水のような一筋が谷間に見えます。
…ゴミなんです。ゴミ処理施設が少ないので(詳しくは調べてないが)、谷底へ投棄するのです。おそらく一般家庭ゴミでしょう。

バスに乗っていると、たいていの人は窓からゴミを投げ捨てます、あるいは、床に捨てます。

日本みたいにリサイクルの概念が浸透し、その生活に慣れた者からすると、町中ゴミが落ちているのは気になります。

(食事中の方ごめんなさい)
また、下水道施設があまり整っていないようで、紙は流せません。横にバケツがあり、紙はそこへintoというかんじです。ですから、香水のような香りのあるトイレットペーパーが一般的に売られています。

ということで、インフラの一部を書いてみましたが、ひと昔前の日本といったところなのでしょうか。
リサイクルの概念が根強くには、子どもが当たり前にやるようになってからなのかな。大人がやらないと子どももやりませんものね。
何世代もかかることなのだと、今の日本を作ってきた人生の先輩方の御苦労に思いをはせました。

クラスを受け持ってたとき、たいていの子は、ゴミの分別をしてましたし、ゴミ拾いますものね。たいしたものだな子どもたち、とも思いました。

2012年6月28日木曜日

今日も家族で話しました

毎晩、ホームステイ先の母と、共にステイしているスペイン人、じゃなかった、バレンシア人のアルベルトと夕飯を食べながらいろんな話をしています。

文法の話、食材の話、日本、スペイン、グアテマラの話など毎回おもしろいのですが、今日はチーノ問題に終止符(仮)を打てそうです。

このひと月、十ヶ所以上の村を訪れて、そのたびにチーノと言われ、いやいやハポンから来たんだ、と心の中で叫んでました。

家の中で、三人で話していて、実はアジア系の人々を総称してチーノと呼ぶのだと、丁寧に説明してくれました。La costumbleという単語を使っていました。習慣とかならわしという意味です。さあ、これでチーノ問題に自分なりの終止符を打てそうです。

「私はハポネスです。」

ということです、結論は。

やっぱ、チーノと言われていい気はしなかったな、このひと月。頑固ですよね、全く。
自分は地球人の単なる1人であって、日本人だからといって特別な存在でもなにもない。でも、チーノと括られることを嫌い、区別してもらいたい気持ちがあるのは少しワガママかもしれない。
アイデンティティーについて、少し考えるチャンスをくれたのかなと勝手に思ってますし、「日本人」というものをいろいろな人に話して広めていきたいです。おれが作ったわけでは全然ないけど、トヨタ製の車やソニー製の製品、パナソニック、ヤマハ、任天堂などなど、グアテマラの町に溢れてるんですよ、どんなに小さな町や村に行っても。すごいことですよね。日本人すげーなって思うんですよ。

スペイン人の彼が「わかるな、おれもスペイン人といわれると、『カタランだ、バレンシア人だ』と言い直すもん。」と話してくれました。スペインの彼とは立場や生まれ育った環境などは全然違うんだけど、通じあえた感じがしたな。

2012年6月27日水曜日

村から帰りました。

シェラからチキンバスで6時間かけてネバフ、チャフル、サン・ファン・コツェルという村をまわってきました。
この村々は、つい最近まで外国人観光客が入れなかった地域だということで、行けることが貴重だったみたい。
15,6年前に、反政府ゲリラ組織が基地にしていた村で、
反政府組織やそこに住む住民は虐殺されてしまったという。
ネバフの村には、犠牲者を掘り出したときの写真が展示されていて、驚いた。
しかも、その発掘は今でも行われていて、
見つかっていない人もいるという。

いまもなお発掘が続けられている


ネバフ周辺は、濃い赤が特徴

2012年6月23日土曜日

今週末はネバフという村へ

シェラから6,7時間はなれたネバフという村に行ってきます。
この近くの村々は歴史的に大変興味深い場所なのです。
戻ってきたらまとめて書き表したいと思います。
3日間ネット通じません。ではまた!

2012年6月22日金曜日

タフムルコ登ってきました

シェラ、カクチケルツアーに参加。タフムルコ1泊2日
1日目朝6時にオフィス前集合
事務所で食料やギアを渡され、分担して荷物を持つ。

バスを2度ほど乗り換え、サン・マルコスという町を経て、2時間半かけ、登山口へ。
登山口で3000m、少しの坂で息が切れる。


なだらかな坂道や草原を経て、4時間半。タフムルコ火山のふもとの森にテントを張る。


タフムルコの頭がテントサイトから見える。


料理は、ガイドのマルヴィンが作ってくれました。
 何食べてもおいしいんだけどさ、
一緒に行ったyusukeが、チリソースを作ってきてくれて一緒にいただきました。


2日目朝4時に起き、4時半から1時間、朝の5時半に頂上に立ったときには-2度。
日の出は残念だったけど、きれいなふもとと、
メキシコ国境付近をみることができました。
空気がね、やっぱり薄いんだ。すぐのどかわくし。

 そこに見えている村はメキシコになるそうです。
下山に2時間半。バスを乗り換え、シェラに夕方到着。
シェラには多くの旅行会社があり、価格、ギアの質、参加人数、食料の質と量などに差があると聞き、何箇所かオフィスをまわりました。
私は結局、カクチケルに決めたのですが、決め手は値段です。
主観や行ったメンバーの感想になりますが、
実際、リピーターになりそうなほど、ガイドの質(出番と引き際がうまい、楽しませる、安全面への配慮等)がよく、ギア、食料なども満足のいくものでした。
いい山登りになったなって思う。次を計画中。

2012年6月19日火曜日

タフムルコ火山終了

タフムルコ火山から帰りました。
Por mucha suerte(超奇跡的にも)雨が全く降らず、頂上はガスってたものの、気持ちのよい山歩きになりました。
詳細は、また後日、ブログかホームページにて。

今日からスペイン語学校は、後半の2週間。
文法的には、過去時制、完了時制、未来時制、進行形を習い、それらを使って生活しているところです。
今日はユビサ先生と、停電やゴミの話から、電気代・ガス代の話になりました。興味深いので書きますね。

ここシェラの近く(バスで一時間ほど)に住んでいるユビサさんは、シェラの電気管理下(なんとなくわかる?)ではないところに住んでいるので、
補助金的なものが適用されないようで、(家の大きさは聞いてないのですが)電気代2ヶ月で1488ケツァール(日本円に換算すると15000円ほど)するそうです。
ちなみに、シェラにおける同程度の大きさの家の電気代はひと月200ケツほど。
停電がこっちはたまにあるのですが、関係なく値段は高いそうです。
物価を考えると…
たとえば道端で売ってるチェベレ(ホットドックのこと)やコーラ500mlがそれぞれ5ケツ、というかんじなので、電気代について考えると、「大切ですよね、電気。」となります。

という話を、ふんふんとうなずきながら聞いてるので、話す力はまだまだ。
しかも、先生は易しい言葉を選んで使ってくれますが、街の人はそうではないですので、まだまだ全然スペイン語、やりがいがあります。