2014年2月9日日曜日

リオ・デ・ジャネイロでのこと

クリチバという街から15時間、地理的には、サンパウロを飛ばしてリオデジャネイロに着きました。
「ヒオ・デ・ジャネイロ」と、ポルトガル語では言います。
サンパウロ近郊に住む友人に相談したところ、
そのまたさらに友人を紹介していただき、その方と会う約束をしました。
長距離バスターミナルで待ち合わせ場所として選んだ地区まで、あまり時間がなかったので
タクシーに相談すると「100ヘアイスだ」という。4300円である、日本円で。
こりゃまずいと思い、近距離バスターミナルへ直行。
幸い近くにあったのでそこの128番のバスに乗る。バスなら4ヘアイス、180円である、日本円で。
道をきいた人やバスの方が本当に優しく、重い荷物を背負っているだけに、
その優しさが心に沁み入る。

待ち合わせ時間ギリギリに焦って汗だくで到着。
気温は40度、湿気を含めた体感気温は50度笑、真夏のリオ。

真の初対面であるMさんは、「ここ(安宿地帯)は大変危険」とアドバイスをくださり、
家に泊まりにきてもいいよとのお言葉をいただきました。
その安宿地帯では、先週5人が撃たれているとのこと。あわわわわ。

荷物を預け、リオの観光に同行してくださった。
その日は、キリストさんの像を見に、コルコバドの丘に登りました。
丘へは、ふもとから電車が出ていて、歩いても行けるんだけど、まあ暑さがね。
 恩人の娘さん達とともに。平日の最も暑い時間帯でさえ、この混雑模様。
 ここの丘からのリオの景色がとてつもなく美しく、心奪われた。
 これがもう一つの観光名所、ポン・ジ・アスカール(砂糖のパン)。こっちには行きませんでした。
 湾を挟んで反対側がニテロイという街。私ここに来たくてリオに来ました。

 このキリスト像の中指が最近の落雷により、折れ、取れました。修理中。
 こうやって写真を撮るしかなく・・・

 そうやって撮ってもらいました(笑)

ちなみに、いまリオ・デ・ジャネイロでは、頻繁にデモが起きています。
6月に行われるワールドカップに対するデモで、
その大会のために、インフレを整備しているところで、
他のてこ入れされるべき部分にしわ寄せがあるということでした。

隣町のニテロイにて、滞在させていただいています。

2014年2月8日土曜日

いまリオデジャネイロにいます

知り合いのお宅にお邪魔して、
過ごさせてもらっています。
更新はまたしばらく途切れますが、
元気に過ごしています。

2014年2月5日水曜日

クリチバ!

ウルグアイをなんとなく、いつのまにか出国していたバスは、
一路、ペロータスという街へ。そこが久しぶりに話すポルトガル語の場所だった。
その先に行くバスチケットを買う窓口で、慣れないポルトガル語を話す東洋人に、
チケット売り場のお姉さんは、本当に真摯に、やさしく対応してくれた。
ブラジル南部の温かさってこれかーーーーー!!!

ブラジル広いですね、やっぱり。
今回24時間くらいかけて移動した距離が、この水色。
ここがブラジルの南部にあたると思うのですが、
昼間見ていた景色は、
どこまでいってもトウモロコシ畑や大豆畑でした。
ブラジルのほかの地域でも穀倉地帯にあたると思うのですが、
ここ南部も、ブラジルの食料を支えている場所なんだと感じました。






 ここクリチバという街は、なにかと計画をされ、「市民中心の街づくり」を実施した街です。
オキナワにいたときに、「計画都市クリチバ」という本を読み、せっかく南米にいることだし、行ってみたいなあと思っていたので、観光地ではないけど寄ってみました。
 この街には、昔から移民が多くて、ドイツ系、ポーランド系などの人々がいます。
それぞれの民族の名前をかかげた広場があって、これはドイツ広場(だったかな?)にあった木の教会。
 公園がとても多く、また一つ一つが大きいんです。この公園には、滝がありました。
また、緑が多くある街だということは、歩いていて分かります。
 街の公共交通機関は、バスですが、このようなチューブ型のバス停です。
 公園内に運動ができる場所もあるのですが、なんせ今は夏、35度付近を気温がうろちょろしてますので、運動なんてする気にはなれん!
 日系の方も暮らしているようです。街の中で、旅人ではないアジア人を見かけますが、
日本人の顔をしていました。
 郊外から見たクリチバの街並み。
郊外にある植物園。ガイドブックに載っているんだけど、植物が大好きな人にはいいとこだと思う。
ちなみに、街の道路はほとんど一方通行。
渋滞防止のためという。
 観光バスが通っていて、今回はそれを使って周りました。
27ヘアイス(だいたい1000円くらい)で5回乗れる。
 植物園にあった看板。噴水やら植物にあげる水やらは、湖から汲み取ってますという。
効率を重視して、かつ自然や人間の負担にならないように考えられている(と、本は言っていた)
 これが、パラナ松といって、パラナ州(クリチバを含む)の代表的な植物。
パラナ松、おもしろい形していて好きなのですが、この街のいたるところで見られます。
 地面のデザインも、パラナ松。
 そして、この下の写真が、花通りと本では言っていたが、
別の名前でここでは呼ばれています。(忘れた。)
 
夜、パタゴニアで会った友人アレサンドラが会いに来てくれました!
仕事があったのに、夜遅くまでスイーツ大会を開いてくれました。本当に感謝です。
持っているのは、ブリガデイロという濃厚チョコのお菓子。
やっぱ、ブラジル、カカオが素晴らしい。

2014年2月4日火曜日

ウルグアイのことを書きます

今日は長いですよ、ウルグアイの日々。
といっても、3,4日くらいしか滞在しませんでしたので、中身は薄いです。

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「幸せってなんですか?」「消費社会の中で、消費するために生まれてきたのですか?」
このセリフを、2012年の国際的な環境会議で、ウルグアイの大統領ムヒカさんは、言ったんです。
私、このセリフを聞いたときに、衝撃を受けました。
なぜなら、国際的な環境会議で、政治的な話を取り上げたということもそうですが、
先進国に対する一種の考えさせられる痛烈な言葉だと受け取ったからです。

旅をしだしてから読んだ雑誌の記事で、ウルグアイ大統領の生活というものを読みました。
その記事には、「一度私の国に来て、見てください」というようなことをムヒカ大統領がおっしゃっていて、
大統領の生活ぶりも書かれていました。
彼は、月の給料を最低限しかもらっていないみたいです(日本円にすると、13万円だったかな)

だから、行って、ウルグアイの現実を見てみたくて、入国をワクワクして待っていました。
ブエノスアイレスの対岸にあるコロニア・デル・サクラメントという街にフェリーで移動。(34ドル)
1時間というあっという間のフェリーで、寝る間もなく到着
 ラ・プラタ川がアルゼンチンとの間に流れていますが、
ちょっと泳いでみたいなという気持ちが最初あったんだけど、この汚さを見て即断念。

それでも泳いでいる人がいて・・・まあね、暑いからね
さて、まずは物価です。衝撃を受けました。
中南米18カ国目です。それなりにいろいろな国の物価を体感してきたつもりです。
税金がいろいろなものに22%かかります。
それを考えた上でのこの値段・・・、
マックの三段に肉がなっているバーガーセットが、日本円に直すと1200円!!!・・・北欧か(笑)
露天のサンドイッチとコーラを買っても700円くらいする・・・。(首都のモンテビデオにて)

たまげました。
ここの国の人の給料はどれくらいなんだ?!と、たまげました。
その環境会議での大統領の演説で、「ウルグアイでも、消費するために仕事を2つも3つもかけもちして・・・」という話が出てくるんだけど、言わせてもらいます・・・「そりゃする人もいるわ!(笑)」
節制する人なら、それでいい。でも、ぜいたくしたい人には・・・、というかんじです。

しかし、大統領が言いたいことはそこなんでしょう、きっと。
「幸せとはなんだろうか」
仕事のあと家族とゆっくり過ごす、友人とゆっくり過ごす、
幸せとはそういうことなんじゃないかって。

・・・話は変わって、コロニア・デル・サクラメントを歩いてみました。
 石畳が張り巡らされた綺麗な、そしてとても静かな町です。
 髪の毛をお任せカットで切ってもらいました。
この2人ともウルグアイについてたくさん話せたのですが、
働く時間や曜日については、概して日本と同じだと思った。
給料の話にまでは踏み込めなかったな。

宿やキャンプサイトでウルグアイ人と話したときに、日本のことをよく知っている人が多くて驚いた。
「日本の学校では、柔道や空手、剣道も教えるんでしょ?」という内容がほとんどで、
かなり熱く武道について語ってくれた。
「よく知ってるねー!」と言うと、みんなはかり合わせたかのごとく「テレビで見たんだ。」という。
どんな影響力のあるテレビ番組なんだ、それは(笑)。
 フォルランがデザインされたバスを発見。日本でのプレーが決まったそうな。どこ?大阪かな?

首都のモンテビデオを経由し、ブラジルとの国境沿いの不思議な国立公園でテントを張りました。
サンタ・テレサ国立公園という名前だった気がするけど、ほんと不思議で。
家族連れがワンボックスでキャンプしていたり、ヒッピーがたまって煙を吸っていたり、
なんだか別世界(特に夜は!)にいるかんじでした。
 このサンタ・テレサ国立公園には、フォルタレサという要塞があって、
ブラジル、当時はポルトガル軍だったんだろうな、その軍から自国を守るために築かれたもの。

 雨がたくさん降る土地なので、緑豊か。
残念ながら、午前中でさよならしたので中には入れませんでした。

 さて、国境沿いに移動。チュイという町です。
ここらへん、アジア人がなかなかいないようで、バスの中では「チーノ、チーノ、※$♯※#・・・」とわけのわからぬ冷やかしも受けましたが、ただ単にアジア人を知らないという人が多いみたい。
道を歩いていて「どこから?」「ハポンから来たよ」「ハポンでは犬食うの?」
(それ違う国じゃないかな…)とかそういうようなやりとりがありました。

久しぶりに、国境付近の雑然とした、混沌としたとも言える雰囲気を味わいました。

そんな雑然としたところでも、「おっ、ヘルメットかぶってる!」と驚き。
 そして、ここが国境。
線とか引いてないけど・・・「もうブラジルだよ」と言われて焦った。
スタンプを押してもらってないからだ。

そうしたら、不思議なことに、バス乗り場からバスに乗り、5分くらい走ったところに検閲所があって、
そこでバスの運転手がパスポートを持っていってくれて、バスに戻ってきたかと思えば
「はいよ。終わったよ。」とスタンプを押してきてくれた。本人確認はバスの運転手任せの国境(笑)

なんとも、不思議なウルグアイ滞在はここで終了。

ブラジルに2度目の入国。
一気にバスで30時間くらい移動し、クリチバという都市に無事到着。

2014年2月2日日曜日

ブエノスアイレスでの日々、いろいろ編

ブエノスアイレスでは、普通の観光とはちょっと違うことができました。
まずは、知り合いの方が働いている日本食レストランに。
ブエノスアイレスの中心にある、わりあい閑静な住宅街の中にある「Tenkuu」

 ペルー料理も作っていて、セビーチェを久しぶりに食べました。
 そして、カツどんも。料理は全て友人が選んでくれました。
 「手巻きはどう、日本と変わらない?」と聞かれたけど、
お世辞抜きで、日本の手巻きでした。海苔が完全に乾燥しているとか、ごはんの温かさとか。
ちなみに、米は、日本の米を使っているそうです。でも、いま輸入を禁止にしているから、今後日本からの輸入は難しくなるって言ってたな。
お店は8時から開いているんだけど、9時くらいから猛烈にお客さんが入ってきた。
月曜日にもかかわらず。大繁盛店なんだと思う。
そして、ブエノスアイレスの夜は、9時ごろから夜の2時くらいまで。
だから交通機関のバスは1日中動いている。タンゴも終わったの12時だったな。

次に、ブエノスアイレス州の州都であるラ・プラタに行ってきました。
ブエノスアイレス州の州都はブエノスアイレスではないのに、こっちに来て知りました。
ラ・プラタは、ブエノスアイレスから車で1時間。
ここの自然史博物館と教会を見に行きました。
 さすがアルゼンチン、恐竜の骨がかなりあります。
これだけ動物の骨が多く展示されているところは見たことがありません。
そして、アルマジロの仲間かな、見たことのない動物を発見!
 この大きさ!
 なんですか、この生き物!


くじらの骨も大量に展示されていました。
 自然史博物館を出て、ちょっと一休み。
ブエノスアイレスでのコーヒーは、どこに入っても美味しかったです。
そして、アルゼンチンのコーヒーには、「Agua con gas」が必ずついてきます。
炭酸水なのですが、コーヒーをのんだ後の苦味を消すためにこれをくいっといくらしいです。

その後、ラ・プラタの大聖堂に行きました。この地下に展示があると聞いていたのですが、
残念ながら時間切れ。5時には閉まっていました。
 ファサード(前面)の彫刻が綺麗でした。

 中のステンドグラスも、聖書にまつわる物語が飾られていました。

 そして、夜のブエノスアイレス、港側の景色です。
 横浜の景色とそっくりで、なんだか哀愁を感じさせてくれました。

2週間いたけど、まだまだ足りない滞在だったブエノスアイレス。
世界で2番目に広いというラ・プラタ川をフェリー(34ドル)で渡り、ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントという街に到着。

現在は、すでにウルグアイを通過、ブラジルに入っています。一路、クリチバという街に向かっています。