フェイスで皆様より、或いはメールで皆様より、
温かいお言葉をいただけたことに、感謝しております。
昨年の今頃、エクアドルのオタバロという町で旅友の森井夫妻と過ごしたことを思い出しました。
そのときも「温かい心をもつ友が共にいてくれて幸せだ」と思いましたが、
今年は、同じ南米のボリビア、オキナワで、温かい方々にお祝いしていただけたことに
感動しています。こんな自分に、声をかけてくださる方々に感謝しています。
ここでは、「ケラムエルダ」といいながら、祝われる、洗礼のようなものを浴びました。
この集合写真の後、力強い後押しとともに、ダイブです。
プールの飛び込みに似た、柔らかい、心地よい入水・・・違った、入ケーキ。
ダイブです。(笑)これ、恒例なんです。今まで職員の皆さんに私「も」やってきたことなので、
今回、少しワクワクしていました「どんなかんじなんだろう」って(笑)
さて、昨年のそのエクアドル、赤道直下で立てた目標を最近思い出しました。
「あるきつづける」32歳でしたし。 |
しかし、残念ながら、その自分で立てた目標を達成することなく、1年を過ごしました。
字面にも反し、そしてまたその自分の真意にも反してしまっています。
私は、止まっていたときがありました。
気持ちも表情も止まっていました。ブログからも読み取れたのでは(笑)?
私自身の課題であります。
自分のことは自分がわかっているつもりです。
私は、目標を立てたほうが、生きやすい性格をもっています。小さい頃からそうでした。
ですから、今年こそは、目標を達成するように生きていきたい、そう強く決めました。
今年はこれです。
「やろう、やってやろう」です。33歳ですし。(笑)
「おれは、いいよ」という断りのニュアンスを込めて、
そのセリフをいうことがこの一年実に多かった。
そして、その言葉が、周りの人を傷つけていたことに最近気づきました。
これは二度とやってはいけないことだと考え、この言葉を考えました。
つまり、イエスマンになろうと思ったのです。
「大輔、これおいでよ」「はい、喜んで!」
「これやろうぜ!」「よっしゃー、やるよ!」etc...
旅自体も、そうなっていく、というかそうしていくつもりです。まあ、元のスタイルに戻るというか(笑)
今後とも、みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
目標の大切さって俺もしみじみ感じてます。生活でも仕事でも授業でも。今までを振り返って目標を立てることって、良い意味で効率的っていうか合理的っていうか、成長の近道なんだなぁって思いました。大輔には触発されます。
返信削除まさし、ありがとう。個人的な考えだけど、今の日本の教育、特に小中学校での教育って、子ども達にはまわり道を経験させるけど、でも効率的に目的をどう達成するかってことを学ぶ場なんだと思う。そういう経験をして育ってきて、教員として指導してきてると、ついついそれが最上の方法なんだと勘違いしてしまう。なんか、ボリビア来て、「その土地のやり方」ってもんがあるんだろうなって感じた。
削除