2014年6月25日水曜日

32カ国目ポルトガルに入国!

コンポステラからバスで6時間くらい、ポルトガルのファティマという街に到着。
シェンゲン協定のため、パスポートコントロールがないので、国が変わったとは全く思えない。
せめて変わったという思いにさせてくれるのは、「言葉」。
スペイン語からポルトガル語に変わりました。
 チョリソが、チョウリサオウンになりました(笑)
 ブラジルにいた時にやってたポルトガル語がモザンビークに続き再びポルトガルで使えます。

ここ、ファティマは、キリスト教の聖地とされていて、コンポステラ同様、いろいろな国の信者が訪れていました。
 毎日ミサをしていて、かつ、3時間おきくらいに行われている、さらに、これほど大きな礼拝堂を見たことないくらい大きいものでした。
テレビ放送用のカメラが3台。きっと、独自に局を持っていて、各地に発信しているのだろう。
ミサには、宿で同室になったドイツ人のおじさんと一緒に参加。
彼は自転車でポルトガルの巡礼路をがんばっている最中。名前を忘れてしまった・・・失念。
 教会自体も大きいし、教会前広場がバチカンのサンピエトロ広場にそっくり。
 広場の手前方向に、大きな十字架も見える。
二人の、ある兄と妹の墓が教会内にある・・・
その理由は・・・。
 ここが聖地とされているのにはわけがあって、
「ファティマの奇跡」という出来事が1910年代に起きたからだそうだ。以下、『地球の歩き方ポルトガル』より引用。

第一次世界大戦中の1917年5月13日、二人の兄妹とそのいとこの上に突然光が降り注ぎ、
聖母マリアが現れた。
「今後5ヶ月間、毎月13日の同じ時刻にこの場所に来なさい」ということを告げ、去っていった。
三人は翌月、村人と一緒にその場所に来るが、村人たちには何も聞こえず、三人にだけは聖母が見えたという。
この話は次第に近隣に伝わり、最後の出現の日である10月13日には、奇跡をひと目見ようと
7万もの人が集まったという。
3人がそこで祈ると、それまで降っていた雨は止み、太陽が火の玉のように回り始めた。
そして聖母はやはり三人にのみ聞こえる声で、この地に礼拝堂を建てるようにいい、
さらに3つの予言をいったという。
1つ目は、第一次世界大戦の終結。
2つ目は、死者の国への訪問。
やがて、その予言通り、大戦は終わり、なんと、二人の兄妹が天に召された。

その後、1930年代頃から、ここが聖地として認められるようになってきたという。

大きな壁画も教会を囲むようにして建てられている
ポルトガルでは、よく親切な人に出会います。
ありきたりだけど、道を教えてくれたり、宿では次の街の宿の予約を手伝ってくれたり。

次の街は、ポルトガル中部のエボラ。
リスボンはこの時期とばします。7月下旬に訪問予定。

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