フェリーでの移動を選びました。
なんてったって、この海域は・・・
第一次ポエニ戦役の舞台。カルタゴとローマ帝国で戦いが行われた歴史的な舞台。
というように、ローマ帝国の歴史が好きなので、チュニジアに行くと言っても過言ではない。
チュニジアも、砂漠を見に行くのではなくて、カルタゴの遺跡を見るためだけに行く。
といっても、国自体を楽しみたいなあとは思っています。
このパレルモ発のフェリーは、出発前に簡単なパスポートチェックがあり、降りたあとも簡単なパスポートチェックがあるだけ。
46ユーロというまあまあ安い値段でチケットが買えたのはよかった。
席はぜんぜんガラ空きで、物資輸送などで活躍をしているだろうこの船ですが、
こんなんでうまくやりくりできるのだろうかといらん心配をしてしまった。30席に1人くらいしか埋まってなかった。
シチリアの山々を見ながら、ああ、シチリアにも山があるんだなあと思いながら、
12時間。波もぜんぜん荒くなく、穏やかな航海。
部屋もあったが、入っている人をあまり見かけなかったなあ。
夜11時に無事チュニジアのチュニスに到着。
このフェリーでの国境越え、パスポートコントロールはちゃちゃっと簡単なやり取りで済んだけど、
大変だったのは、そのパスポートのハンコを押してくれる場所を探すこと。
イタリア側でもチュニジア側でも、そこを探すのに30分以上荷物を担いで歩いた気がする。
車での横断が比較的多いってこともあるのかもしれんが、表示が何もない。
そこらにいる人に聞きまくってようやくどちらも見つけることができた。
次の日、チュニスの街を歩く。
タバコを吸うために(喫煙率比較的高い国だと思うな)、人と話すために、カフェに入る。
シディ・ブ・サイードは、チュニスから30分くらい電車でいったところにある海沿いの町。
ここは、白い家々が綺麗ということで有名。
友人曰く「その乗った電車にはもう乗らないで!じつは数週間前に脱線して何人も負傷者が出てるから。」とのこと。
たしかに、ドアの窓はないし(暑さ対策か?と思ったが)、ドアは閉まらないし、
おんぼろもいいところ。これを写真に撮るべきだったな。
さて、シディ・ブ・サイードの町。
門が綺麗。
モロッコのシャウエンという街もこんなかんじだが、シャウエンのほうが鮮やかさは断然上。
町の規模もシャウエンのほうが大きい。しかし、このサイードの町はシンプルさが好き。
昼過ぎに食べに入ったレストランが良くてさ、チュニジアンサラダとブリックというものを頼みました。
チュニジアンサラダは、はっきり言ってモロカンサラダ(モロッコ風の)とほぼ同じ。
むしろその違いがまるっきしわからない。オリーブがたくさん入っているサラダ。
このブリックは、チュニジアの料理。チーズを揚げたものだけど、その中にはなんと半熟卵が
入っていて、開けた時に驚いた。なにせ、フランス語で書かれているメニューはほとんど理解できないもんだから、何を注文するかも、料理が来るまでわからないから楽しい。
ここで働いていた15歳の少女。おれのことを20歳だと思い、ずっと話していた。
本当によく働く子で、あまり勉強してないといいつつも、しっかりとした英語を話すところも立派。
チュニジアは、アラビア語が母語だけど、フランス語も話すし、若い人は大抵英語を話せる。
おれを見て、他の国と同様、チーノチーノとからかう輩はいるが、
この国から、ちょっと自分の姿勢を変えて行こうと決めていた。
そんなやつらに、自分から話しかけに行こうと決めた。
どんな理由でもいいから、とにかく理由をつけて話しかけに行く。
そうしたら、ここ、チュニジアを楽しむことができた。
これだ、これが旅の最初、スペイン語を解し始めた頃に感じた旅のおもしろさだ。
これをおれはたぶん忘れていて、自分に何かと「できない理由」をつけていたのかもしれない。
そして、ヨーロッパでは、たぶん自分が期待しすぎていた部分があったのかもしれない、人権面で。
でも、イタリアではことごとく「勝手な期待」が裏切られて、落ち込んでいたんだと思う。
おお、ようやく自分を探し出せたぞ。
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