2012年8月3日金曜日

マンザナーにて その2


 今も昔70年前も変わらない標識が経っているここマンザナー収容所。

ここに住んでいた日系人はどんな生活をしていたのか、たいへん興味をもちました。
数ある資料の中を時間をかけて読んでみました。


急ごしらえで作ったバラックの中での共同生活。寝食をともにし、収容所内での野球大会等の行事、ダンスパーティーなどを楽しんでいた場面も映像資料として残されていました。結束力が強かったともかかれてありました。


12000人ほどがここで生活していた模様。(ここ、確かじゃないです。自分の英語力不足です。)
 
跡がいまでもきちっと残されていました。タウンホール。


ヨーロッパでのユダヤ人のように、日本人も迫害を受けていた時期がアメリカではあったのですね。

さて、ぐるっと見てまわりましたが、施設内の映像の中で、時の大統領(フォード大統領だったと思います)が、「あれは過ちだった(大輔訳)」と、強制収容に対する過ちを認め謝罪、補償をしました。
生まれる前の出来事だったし、日本にかかわる歴史を深く自分で調べてこなかったものですから、はじめて見た映像として深く心に残りました。
そして、施設の人と話していく中で改めて知ったことですが、
今年6月にロサンゼルス郡知事が「日系人を強制収容所に送還したという事実は無視できない。ふりかえるのに遅すぎることはない。」と公的に発言したということです。

ローンパインまでの帰りのくそ熱い1時間のチャリの中で考えました。
自分達の過ちを「やってはいけないことでした」としっかりと認め、
なおかつ展示している。後世の人たちはそれを直視する。
そして考え、日系人や日本人と接する。
そうやって、新しい歴史を創っていこうとしているんだと感じました。

日本人として、歴史を更に学ぼうと強く思いました。
子どもたちに伝えたいのは、歴史は教科書から学ぶのではない、
自らの目と耳とを使って、
何が事実で何が正しい情報なのかを考え、
判断していくことが大切だよということ。

この世界ぐるっと一周旅行を通して、
自らの五感で歴史を体験してきます。

いや~3ヶ月経つけど、まだ2カ国しかいってないんだよね。
そろそろ3カ国目に移動しようと計画中。

3 件のコメント:

  1. 40度近い中を自転車で。。。JMT後の疲労も既に回復ですか?さすがですね!フレズノにも戦前、戦後 日本から移民された方がたくさんいらっしゃいます。とてもご苦労されたそうですが 計り知れない努力から成功されて今でも大きな農場や企業をやってらっしゃる方が多くいらっしゃいます。私もここへ越して来るまではそういった歴史のことはあまり知りませんでした。これから先生が世界をまわられて”我々の知らない日本”を発見してくださることを楽しみにしています。

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    1. ありがとうございます。施設を見てまわってるときにフレズノ、サンガーを思っていました。そうなんですよね、計り知れない努力をされてきた方々がいて、いまがあるのですよね。敬意を抱きました。もう一度、ロスの博物館とリトルトーキョーに行こうと思います。

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    2. ありがとうございます。施設を見てまわってるときにフレズノ、サンガーを思っていました。そうなんですよね、計り知れない努力をされてきた方々がいて、いまがあるのですよね。敬意を抱きました。もう一度、ロスの博物館とリトルトーキョーに行こうと思います。

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